2010年06月17日

別に頼まれて生まれてきたわけではない

さて、この教材

「英語学習法:1日30分90日で159の例文を覚えて英語をネイティブ並にする勉強方法」

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の2番目の例文ですが、

「be born」に「生まれた」

に、

「be born ○」というように、

直後に語が付く例文です。

回りくどい説明かもしれませんが、

これは、

「I wan born」「私は生まれる」

という形から、

もちろん出てくるものです。


とは言っても、

今回の記事では、

例文以前の問題を考えてみます。

このブログの特長とも言える、

英語に関して、

当然抱くはずの疑問なのに、

今まで聞けずに、終わってしまっている

問題について、また書きます。

その問題というのは、

「I was born.」でなぜ

「私は生まれる。」

になるのか、

ということです。

「be born」という形は「受動態」というものだ、

と習います。

いや、

まず「I was born〜」という文章を習ってから、

これも「受動態」の一つ、と習うのかも知れません。


しかし、受動態、受身の意味の文となると、

「I was born.」は日本語で

「私は生まれた」より、

「私は生まれさせられた」のほうが

より適当とも見られます。

なぜ「私は生まれた」は

英語で「I was born.」と受動態で表現されるのでしょう?

考えられる答えとしては、

人間が生まれることは、その当人(上の文なら「私」)

意志によってではない、

という認識から、

「bear」「生む」の受動態で、

「生まれさせられる」

となるわけです。

そこで件名のような、

「別に頼まれて生まれてきたわけではない」

と日本でもよく聞かれる、

暗い気持ちになるような言葉を思い出した次第なのです。

この「I was born.」がなぜ受動態?

ということについて、

吉野弘という詩人が作品を書いています。

タイトルもそのまま「I was born.」

 
http://uraaozora.jpn.org/poyoshino2.html

その「I was born.」に関連して、

さらに考えられることですが、

英語の動詞というものは、

動作を及ぼす方向と

及ぼされる方向がはっきりしている

のが特長だ、


と思いました。


「生まれる」が「bear」(生む)の受動態で、

「be born」(生まれさせられる)

の他に、

「驚く」は「be surprised」(驚かさせられる)

ですね。

「surspire」という動詞は「驚かせる」ですから、

自分のほう

が驚く場合は「be surprised」(驚かさせられる)

となります。

こういう方向で考えると、

分かりやすいのですが、

日本語で「生まれる」「驚く」と

すぐに聞いただけでは、

混乱するかもしれません。

先ほど言った、

動詞の

動作を及ぼす方向と

及ぼされる方向


という点を十分理解する、

ということも、

英語を理解する一つの要素かと思います。

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posted by 英究人 at 19:51| 学習経過(教材例文試論) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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